こんにちは。仙台の税理士、伊藤です。
「対馬の海に沈む」を読んで感じたこと、前回に続いて第二弾です。
今回のテーマは「前年比」。営業マン、自営業、それぞれの立場でこの数字にどう向き合うか。少し肩の力を抜いて考えてみたいと思います。
営業マンに課される「前年比ノルマ」
会社員の営業職といえば、毎年ついて回るのが「前年比○%増」。これは業界を問わずよくある仕組みです。
会社としては「成長」を株主や銀行に説明する必要がありますし、物価や人件費の上昇に対応するためにも、前年と同じでは足りない。上司だって「部下を何%伸ばしたか」で評価されます。
つまり、営業マンが昇給したいなら、どうしても「前年比」をクリアしなければならない。これはもう、構造的なルールのようなものです。
自営業に「前年比ノルマ」はあるのか?
では、自営業の場合はどうでしょう。銀行や取引先から「前年比どうですか?」と聞かれることはあっても、それはあくまで外からの評価。生活に必要な利益が出ていれば、前年比が横ばいでも事業は続けられます。
もちろん、時代の流れに売上が左右されることはあります。制度改正や消費税率アップ、キャッシュレス化やトレンドの移り変わり──こればかりは個人の努力でどうにかできるものではありません。だから「前年比が下がった=経営失敗」と単純に決めつけるのは違うと思うのです。
数字をよく見せたい誘惑
ただ、中には「前年比を良く見せたい」と無理をしてしまう人もいます。
むかし修行時代に、上司からこんなことを教わりました。
「一度粉飾決算をしたら、会計の仕組み上、元には戻れないんだよ」
粉飾をすれば一時的には立派に見えるかもしれません。でも、それは融資や税務調査、何より信用に必ず響きます。そこまでして攻めの経営を演出する意味があるのか──今でも考えさせられます。
本当に大事なのは「損益分岐点売上高」
自営業にとって大切なのは、前年比よりも「損益分岐点売上高」です。
これは「赤字にも黒字にもならない最低限の売上」のこと。
例えば固定費が100万円、粗利率が50%なら、200万円が損益分岐点。これを下回れば赤字、上回れば黒字です。
つまり、前年比が10%下がっても損益分岐点を超えていれば事業は続けられるし、逆に前年比が20%増えても、固定費が膨らみすぎて損益分岐点を割れば赤字になるのです。
損益分岐点の考え方
少しだけ仕組みを整理してみます。
- 固定費:家賃や人件費、通信費など、売上がなくても必ず出ていく費用
- 変動費:仕入や外注費など、売上に比例して発生する費用
- 限界利益率(粗利率):売上から変動費を引いた利益を、売上で割った割合
損益分岐点売上高 = 固定費 ÷ 限界利益率
この式さえ押さえておけば、今の自分の事業が「どこまで売れれば黒字になるか」がはっきり見えてきます。
損益分岐点を意識するメリット
損益分岐点を把握していると、見える景色が変わります。
- 安心感がある
「いくら売れば赤字にならないか」が分かると気持ちが楽になる。 - 無理な拡大を避けられる
人を雇う、事務所を広げる──やると必要な売上が一気に増えると分かる。 - 小さな改善が効いてくる
仕入先を見直して原価率を1%下げるだけでも、損益分岐点は下がる。
こうして見ると、前年比よりも損益分岐点を意識するほうが、はるかに経営のリアルに近いと思うのです。
おわりに
「対馬の海に沈む」には、数字や組織に縛られて動く人たちが描かれています。自営業にとっても、それは他人事ではありません。
大切なのは、前年比に振り回されず、自分のペースで続けられる形を選ぶこと。
そして、自分の事業にとっての「損益分岐点売上高」を意識すること。
それが、小さな商売を長く続けるための本当のカギだと思います。